年末年始の例外的宿泊許可

自宅のある福島県飯舘村は全村避難中。居住制限区域にある我が家は出入りは自由でも宿泊は許可されていませんが、昨日29日から1月3日までは、事前に届けることで例外的に許可されました。事前手続きをすませて、自宅に帰って、いつもの年末恒例の餅つきをしようと昨日から餅米を水に浸して準備をしました。雨の降る中を同居している夫の両親を連れて、餅米を持って自宅に向かいました。自宅には数日前に降った雪が残っており、玄関前には主が不在で伸び放題だった草が枯れて見苦しい姿になっていました。室内にはネズミがやってきた痕があります。餅つきどころではなく、まず掃除から始めました。 避難前は3臼(6升)の餅をついていましたが、今年は自宅で食べるだけの1升をつき、昼食はいつものようにつきたての餅を食べました。家の中の様子を見ると泊まる気持ちが失せて、借り上げ住宅に戻ってきてしまいました。こんな訳で今年の歳とりも避難先です。まだ除染もされていない我が家です。帰村予定は平成26年、自宅でのいつもの歳とりができるまであと2~3年かかりそうです。避難先の借り上げ住宅の近くの田んぼにはたくさんの白鳥がきており、その数が増えています。白鳥の世界には風評はなさそうで、その姿に癒されています。

そば懐石と甘酒

雨の中をレンタカーで三重県境までドライブ。途中、知人の山菜栽培地を数ヶ所見学した所で、こんな稲ワラを見つけました。福島ではみかけたことがない光景に、スマホカメラでパチリ

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しました。

奈良から京都に移動。京都に行くことがあったら、食べに行きたいそば懐石の店がありましたので、予約の電話をしました。当日の予約なのでお時間くださいというお返事で、折り返し18:30にお席用意できますというお返事をいただきました。 image image

京野菜と北海道のそば粉を使ったお料理の中で、甘味に甘酒を使ったものが3品ありました。思わずご主人に「甘こうじ」を作っていることを話して、甘こうじの持っている可能性を再確認し、お土産に“そばぼうろ”を買いました。お店の名前を知りたい方はお手数でもメールください。

がんばらない

夫と奈良市にやってきました。ある視察研修が目的の旅ですが、夫が新幹線の中でポツリと言った言葉は、「こんなにゆっくりクニさんと旅をするのは、湯布院に行った時以来だね」と。 湯布院に行ったのは、私が公務員を早期卒業した平成16年だから8年も前になります。20年近く前に、飯舘村の第一回若妻の翼で海外研修した仲間と湯布院に行った時に、街全体がアートだと非常に感動して、夫と一緒にもう一度来たいと素直に思い、私の退職記念に実現させたのです。しかしここ数年は、夫からの旅行の誘いは断り、昨年12月に計画した夫の退職記念の奈良・京都の旅もある一言が原因でキャンセルしました。それが今回、視察研修という形で奈良にやってきた訳です。レンタカーを借りて、夫のカボチャの種を通してつながった脱サラ農業者を訪ね、ホテルに入ってテレビをつけると、鎌田實先生の「がんばらない」を放送するところでした。夫にも観るように誘ったら素直に応じてくれ、二人で観ていて大事なものを取り戻しました。 お互いに相手を変えようとがんばっ てきましたが、そんなことにがんばるのはやめようと思いました。明日は視察先の三重県境までドライブしますが、降水確率80%の予報。しかし、快適なドライブになると信じたいです。

誕生日と免許証

今日は、○○歳の誕生日です。 歴史的には、赤穂浪士の討ち入りの日であり、そのお蔭で私の誕生日を覚えてくれている友人が何人かいて、お祝いメールも届きました。 福島県田村郡田村町(現:郡山市)に生まれ、田舎の農家の三女で、誕生日のお祝いをするという習慣もなく育ちました。そのためか、結婚したら、夫婦お互いの誕生日や子供、夫の両親の誕生日は大事にしてお祝い事みたいなことができたらいいな~と考えていましたが、私と同じように誕生日を祝う習慣のない育ちをした夫には、自分からお祝いをするということはまるっきり頭にないようで、曇りのち雨時々晴れの生活34年が経ちました。

運転免許証の更新年でもあり、運転免許センターに行って3年間有効のICチップ入り運転免許証をいただいてきました。前回更新からの5年間で、携帯電話保持使用とシートベルト未装着の違反2回ありで、今日の講習は2時間も要し、これから3年間の免許しかいただけませんでした。この2回の違反を運が悪かったと思うか、事故を未然に防いでいただいて感謝できるかで、運転方法にも差が出るよう思います。20数人が講習会を受けていた中で、ほとんど居眠りをして、起きたかと思ったら携帯操作とため息ともいえない体中の毒気を吐き出しているような方がおり、彼は3年後もこの講習会を受けるのかな?私は彼と同じ講習会を受けたくないな~。あえて失礼な言い方をさせていただければ、彼と同等の人間ではいたくないと思いました。

運転免許センターの外にでると吾妻連峰がくっきりと見え、福島のこの美しい自然は宝だと思いました。昨晩は新月ふたご座流星群が見えるというニュースを耳にしながら、仕事の整理をしていました。誕生日の今夜は、星空をながめて流れ星に願いをしてみようかと思います。

水原川の白鳥

image 今年も白鳥が、避難している福島市松川町にもやってきました。飯舘村ではほとんど見ることがありませんでしたのて、わざわざ出掛けなくても、すぐそばの田圃や川で白鳥が見れて、いい所に住めて得したような気分になりました。春、北に帰る白鳥の群れに向かって、「忘れないで戻ってきてね」と手を振りました。その約束を守って、「帰ってきてくれてありがとう」と声かけています。ふるさとを追われての避難生活ですが、帰る所を忘れてはいけない。そう、私の帰る所は飯舘村です。

中学校の文化祭

image 今朝は今冬2回目の雪でした。愛車のパジェロミニを四輪駆動にシフトして、借り上げ住宅を出発しました。向かう先は中学校の仮設校舎です。 昨年の3.11東日本大震災後の東電福島第一原発事故により、わが飯舘村は全村避難となり、中学校は隣町にある高校での間借り授業を今年の7月まで続けてきました。8月に仮設校舎が完成し、11月末にようやく仮設の体育館が完成しました。生徒たちは、当たり前に自分達の学校で学べる喜び、部活ができる喜び、多くの方々からいただいた応援に応えようと、「ありがとうから~未来へ~」をテーマに文化祭を開いたのです。家族ぐるみでいらした方もおり、仮設住宅の方々も招待されました。私も来賓の一人として招待していただき喜んで出掛けました。 image クラス毎の合唱コンクール、特設ダンス部、和太鼓部、合唱部の発表から、感謝の気持ちと前向きに生きようとする真剣さが伝わってきました。最後に「ふるさと」を会場一体となって歌いました。スクリーンには、放射能が降る前の美しい飯舘の風景が写し出されました。涙が出て止まりませんでした。そういえば、すっかり涙もろくなってしまった私です。 image

手前味噌

image 避難生活になって、今までやりたいと思っていても時間的にできなかったことに挑戦できたことがいくつかあります。その一つが味噌づくりです。 借り上げ住宅に引っ越し中に、大家さんから約8kgくらい大豆をいただきました。大家さんの趣味は手作り豆腐を作ることで、大豆も無農薬で栽培しておりました。その大切な大豆を「もし使うならあげます」とおっしゃってくださり、自家製みそのレシピまで貸してくださりました。高校卒業して○年ぶりに会った同級生が主宰している手作り料理教室に参加して初挑戦! 以来数回作って、毎日おいしく食べています。この味噌に使っている糀屋さんとの会話から生まれたのがわが農園自慢の甘こうじです。

いよいよ総選挙?

公示初日の今日、政党代表者が何人も福島県にやってきました。飯舘村の避難者の所に来てくださった先生もおります。先日
日本農業新聞の取材を受け、“被災地の復興”を優先と答えました。その記事が本日の日本農業新聞に顔写真付で載っています。この年末の選挙をお祭りで終わらせたくないですね。たった1票の選挙権をしっかり行使して、有権者の責任を果たそうと思います。